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東京高等裁判所 昭和60年(行ケ)120号 判決 1987年3月31日

原告

コーニング グラス ワークス

被告

特許庁長官

右当事者間の昭和60年(行ケ)第120号審決(特許出願拒絶査定不服審判の審決)取消請求事件について、当裁判所は、次のとおり判決する。

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は、原告の負担とする。

この判決に対する上告のための附加期間を90日とする。

事実

第1当事者の求めた裁判

原告訴訟代理人は、「特許庁が、昭和60年2月26日、同庁昭和58年審判第19646号事件についてした審決を取り消す。訴訟費用は、被告の負担とする。」との判決を求め、被告指定代理人は、主文第1項及び第2項同旨の判決を求めた。

第2請求の原因

原告訴訟代理人は、本訴請求の原因として、次のとおり述べた。

1  特許庁における手続の経緯

原告は、1978年(昭和53年)2月21日(以下「優先日」という。)アメリカ合衆国においてした特許出願に基づく優先権を主張して、昭和54年2月20日、名称を「細長い引き抜き素材から熱塑性材料のフイラメントを引き抜く方法」とする発明(以下「本願発明」という。)について特許出願(昭和54年特許願第18976号)をしたところ、昭和58年5月23日拒絶査定を受けたので、同年9月19日これを不服として審判の請求(昭和58年審判第19646号事件)をしたが、昭和60年2月26日、「本件審判の請求は、成り立たない。」旨の審決(以下「本件審決」という。)があり、その謄本は、同年4月3日原告に送達された(出訴期間として90日附加)。

2  本願発明の要旨

第1および第2の端部を有する円筒状マツフル内に細長い引き抜き素材を配置し、前記マツフルの前記第1の端部を封止し、前記引き抜き素材の一端をしてそれの材料の引き抜き温度に到達せしめるのに十分な温度に前記マツフルを加熱し、前記マツフルの前記第1の端部からガスを流入せしめながら前記引き抜き素材の前記一端からフイラメントを引抜いて、該フイラメントを前記マツフルの前記第2の端部から導出し、かつ前記ガスを、前記引き抜き素材の外周表面、前記引き抜き素材の溶融部分の外周表面および前記フイラメントの外周表面に沿つて順次流動せしめるようになされた細長い引き抜き素材から熱塑性材料のフイラメントを引き抜く方法において、少なくとも前記引き抜き素材の最後の約10センチメートルの長さ部分から前記フイラメントが引き抜かれている間、前記ガスを少なくとも33パーセントのヘリウムを含有するガスとなさしめることにより前記フイラメントの直径の変化を減少せしめることを特徴とする細長い引き抜き素材から熱塑性材料のフイラメントを引き抜く方法。(別紙図面(1)参照)

3  本件審決理由の要点

本願発明の要旨は、前項記載のとおりと認められるところ、原審の拒絶理由に引用された特開昭52-119949号公開特許公報(以下「引用例」という。)には、強制的に外部からガスを送り込まれた加熱源内に、光フアイバープリフオームを任意の速度で挿入し、加熱、溶融された上記プリフオームの一端を引き出してドラムに巻きつけ、ドラムを回転させて光フアイバーを線引する方法が記載されており(別紙図面(2)参照)、その加熱源内に送り込むガスとして、請求人(原告)も自認するとおり、ヘリウムが含まれることは明らかである。そうすると、引用例記載の発明において、ヘリウムだけのガスで実施すれば、プリフオームが10センチメートル以下の寸法となつても、ヘリウムだけ(100%ヘリウム)で光フアイバーの線引をすることになり、本願発明の要件たる「少なくとも引き抜き素材の最後の約10センチメートルの長さ部分からフイラメントが引き抜かれている間、ガスを少なくとも33パーセントのヘリウムを含有するガスとなさしめること」と相違するところがないから、結局、本願発明は、この点により、フイラメントの直径の変化を減少できるとの事実を単に発見したにすぎないものと認められる。したがつて、本願発明は、引用例記載の発明と同一であるというべきであり、かかる本願発明について特許性なしとした原審の判断は、妥当である。

4  本件審決を取り消すべき事由

引用例に本件審決認定のとおりの内容の記載があること、及びヘリウムが不活性ガスの一種であることは認めるが、本件審決は本願発明と引用例記載の発明との構成上の相違点を看過し、かつ、引用例記載のガスにヘリウムが含まれる旨誤認した結果、本願発明は、引用例記載の発明と同一であるとの誤つた結論を導いたものであり、この点において、違法として取り消されるべきである。すなわち、

1 引用例記載の発明は、プリフオームから光フアイバーの線引をする際に生じる線径変動を少なくしようとする発明で、その目的において、本願発明と共通するものであるが、本願発明と引用例記載の発明の特徴とする構成について対比してみると、本願発明に用いられる「ヘリウムを含有するガス」は、本願発明の明細書全体の記載からして、加熱しないものであること明らかであるところ、引用例記載の発明は、あらかじめガスを加熱源内の温度に近い値にまで加熱しておいてから加熱源内に送り込むことを特徴とするものであつて、両者間には、ガスを加熱するか否かという点で構成上の相違があるが、本件審決は、右相違点を看過したものである。

2 本件審決は、引用例記載の発明に用いられるガスには、ヘリウムが含まれることは明らかである旨認定しているが、右認定は、誤りである。すなわち、引用例には、プリフオームから光フアイバーの線引をする際にはマツフルに導入するガスとして、不活性ガスを用いることを示唆する記載はあるが、引用例記載の発明は、従来法におけるプリフオームから光フアイバーの線引をする際に生じる線径変動は、①プリフオームの構造の不完全性(外径変動、軸ずれ、軸の傾きなど)によるものと②右①及び外部のじよう乱による線引中のプリフオーム溶融温度のゆらぎによるものがあり(甲第3号証第2頁左上欄第3行ないし第9行)、これに対処するために、「ガスを高温に加熱することによつて、レイノルズ数を減少する方向にもつていき」(同号証第2頁右上欄末行ないし左下欄第3行)、層流になりやすくし、また、従来方法では、炉芯管内の熱がガスによつて奪われていたので、「ガスを高温に加熱して炉芯管3内の温度に近づけることによつて、炉芯管3内の熱がこの送り込まれたガスに出来る限りうばわれないようにする」(同号証第2頁左下欄第12行ないし第15行)ことが必要であることから、あらかじめガスを加熱源内の温度に近い値にまで加熱しておいてから加熱源内に送り込むことにしたのであつて、それがためには、引用例記載の発明で用いられるガスは、熱容量の大きいものでなければならないが、ヘリウムは熱容量が小さいので、右目的には適しておらず、したがつて、引用例にいう不活性ガスにはヘリウムは含まれない。

第3被告の主張

被告指定代理人は、請求の原因に対する答弁として、次のとおり述べた。

1  請求の原因1ないし3の事実は、認める。

2  同4の主張は、争う。本件審決の認定判断は、正当であつて、原告主張のような違法の点はない。

1 本件審決が摘示した引用例記載の発明は、引用例の特許請求の範囲の記載でいえば、「において」までの、「強制的に外部からガスを送り込まれた加熱源内に光フアイバープリフオームを任意の速度で挿入し、加熱、溶融された上記プリフオームの一端を引き出してドラムに巻きつけ、ドラムを回転させて光フアイバーを線引きする方法」である。原告は、右「において」に続き、引用例の特許請求の範囲中に、「あらかじめガスを加熱源内の温度に近い値にまで加熱しておいてから加熱源内に送り込むことを特徴とする」との記載があるところから、これを含めて引用例記載の発明というが、それは、本件審決でいう「引用例記載の発明」ではない。本願発明の明細書の特許請求の範囲をみても、円筒状マツフルに流入される「少なくとも33パーセントのヘリウムを含有するガス」につき、これが加熱されているとも加熱されていないとも記載されておらず、加熱されないガスに限定していないのに、引用例の特許請求の範囲に、右のような記載部分があるからといつて、本願発明との対比判断を要しないところまで、引用例の記載事実から採り上げなければならない根拠は存しないからである。したがつて、本件審決には、本願発明と引用例記載の発明との構成上の差異を看過した点はない。そして、もし仮に、本願発明を加熱されないガスに限定解釈すべき何らかの根拠があつたとしても、引用例中には、原告の挙げる記載部分の前提技術につき、「従来、炉芯管3内に送り込んでいたガスの温度は室温程度であつた。」(甲第3号証第3頁左上欄末行ないし右上欄第1行)と説明しており、これまた、引用例記載の発明の範囲ちゆうに属する以上、本願発明は、かかる引用例記載の発明の実施態様と構成上の差異がないことは明らかである。

2 原告は、引用例にはガスとして「不活性ガス」を用いることを示唆する記載はあるが、不活性ガスであつても熱容量の小さいヘリウムは、右の「不活性ガス」には含まれない旨主張するが、個々の物質がもつ熱容量は、その物質を加熱するのに要する熱エネルギーの度合、つまり、物質固有の熱を奪う尺度を表し、比熱と質量の積として与えられるが(乙第3号証)、ヘリウムの場合、比熱は他の不活性ガスのそれとほぼ同じであるものの(乙第4号証及び第5号証)、原子量が小さいところから、熱容量は小さいが、あらかじめ加熱されたガスの態様なら、熱を奪うことなどはあり得ず、また、ガスが加熱されていない態様なら、熱容量の小さいヘリウムは、熱を奪う程度が少なく、かえつて有用であることが明らかである。そして、引用例記載の発明における加熱されないガスを用いる実施態様についてみても、ヘリウムと他の不活性ガスとの間に、原告のいう熱容量の差があつたところで、さほど、それが影響するとも考えられず(ガスが固体表面から熱を奪うのに大きな影響を及ぼすのは、ガスの流速である。)、また、事実、本願発明の特許出願当時、不活性ガスとして、ヘリウムがアルゴンとともに用いられていることに着目すると(乙第2号証参照)、原告の主張が当たらないことは明らかである。なお、引用例中に「従来、炉芯管3内に送り込んでいたガスの温度は室温程度であつた。」(甲第3号証第3頁左上欄末行ないし右上欄第1行)とある方法は、引用例の特許請求の範囲に記載されている方法の前提技術であつて、両者が相違するところは、炉芯管に送り込むガスが加熱されているか否かの点だけであるから、ガスの種類に関しては、両方法間に相違のあろうはずはない。したがつて、引用例中には、特許請求の範囲に記載された方法に用いるガスとして、不活性ガスが挙げられている以上(甲第3号証第3頁右上欄第14行)、右前提技術に用いられているガスも、不活性ガスのはずであり、当然その代表的なガスであるヘリウムを包含していると解すべきである。

第4証拠関係

本件記録中の書証目録記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

(争いのない事実)

1  本件に関する特許庁における手続の経緯、本願発明の要旨及び本件審決理由の要点が原告主張のとおりであることは、当事者間に争いがないところである。

(本件審決を取り消すべき事由の有無について)

2 原告は、本件審決は本願発明と引用例記載の発明との構成上の相違点を看過し、かつ、引用例記載のガスにヘリウムが含まれる旨誤認した結果、本願発明は、引用例記載の発明と同一であるとの誤つた結論を導いたものであり、この点において、違法として取り消されるべきである旨主張するが、右主張は、以下に説示するとおり、すべて理由がないものというべきである。

1  前記本願発明の要旨に成立に争いのない甲第2号証(本願発明の願書並びに添付の明細書及び図面)、第5号証(昭和57年11月12日付手続補正書)及び第6号証(昭和58年10月17日付手続補正書)を総合すると、本願発明は、できるだけ小さい直径変化を有する光導波体フイラメントを引き抜くための改良された方法に関する発明であつて、できるだけ小さい直径変化を有する光導波体フイラメントを形成する方法を提供することを目的ないし課題とし、右課題解決の方法として、本願発明の要旨(特許請求の範囲1の記載と同じ。)のとおりの円筒状マツフルに流入させるガスにヘリウムを含有せしめる構成を採用することにより、引き抜き素材の寸法が約10センチメートル以下に減少した場合においても、従来とは異なり、その線径変化を減少させることができるという所期の効果を奏し得たものと認められる。一方、成立に争いのない甲第3号証(引用例)によれば、引用例は、優先日前日本国内で頒布された名称を「光フアイバの線径変動低減方法」とする発明の特開昭52-119949号公開特許公報であつて(このことは、原告の明らかに争わないところである。)、その詳細な説明の項には、(1)光フアイバーの線径の均一性は、光フアイバーの線引装置に依存しているところ、従来は、超低損失光フアイバーの線引は、別紙図面(2)第1図に示すプリフオーム法、すなわち、プリフオーム1(外径D)を一定速度Vpで加熱源2によつて加熱された炉芯管3内に挿入し、加熱、溶融されたそのプリフオームの下端部を引き出してドラム6に取り付け、モータコントローラ8でドラム6を一定速度Vfで回転させながら光フアイバーにするという方法で行われ、線径の変動は、ドラム6の回転速度Vfを変えることによつて制御していたこと、(2)線径変動の要因としては、大別して、①プリフオームの構造の不完全性(外径変動、軸ずれ、軸の傾きなど)によるものと②右①及び外部のじよう乱による線引中のプリフオーム溶融温度のゆらぎによるものとがあることが分かつたことから、発明者は、先に②による線径変動を制御する方法として、炉芯管3内ヘガスを送り込んで炉芯管3内の流量分布を強制的に層流分布状態に保ちながら線引きすることを特徴とする別紙図面(2)第2図(a)、(b)の線径制御方法(特許出願昭50-142055号)を提案し、また、炉芯管3内ヘガスを送り込んで炉芯管3内の流量分布を強制的に層流状態に保つて、前記②による線径変動を抑制しつつ、プリフオームの外径変動による光フアイバーの線径変動を炉芯管3内に供給するガスの流量を変えて線径を高精度に制御する方法として同図面第3図(a)、(b)の方法(特許出願昭50-151825号)を提案したこと、(3)右各方法において、炉芯管3内ヘガスを送り込む目的は、プリフオームの外部のじよう乱による溶融温度のゆらぎを抑制し、このゆらぎによつて発生しようとする光フアイバーの線径変動をなくすことであつて、右各方法により、前記②による線径変動はほぼ完全に抑制することができたが、右各方法においては、炉芯管3内に送り込んでいたガスの温度が室温程度であつたため、炉芯管3内の熱がこのガスによつて奪われ、熱効率が悪い等若干不満足な点があつたこと、(4)本発明は、そうした点を改良し、より均一な線径の光フアイバーを得ること等を目的として、前記方法において、ガス導入部へ供給するガスをあらかじめ高温に加熱してから供給することとし、それにより所期の効果を奏し得たこと等の記載があり、また、引用例の特許請求の範囲には、「強制的に外部からガスを送り込まれた加熱源内に光フアイバプリフオームを任意の速度で挿入し、加熱、溶融された上記プリフオームの一端を引き出してドラムに巻きつけ、ドラムを回転させて光フアイバを線引する方法において、あらかじめガスを加熱源内の温度に近い値にまで加熱しておいてから加熱源内に送り込むことを特徴とする光フアイバの線径変動低減方法。」との記載があることが認められ、右引用例の各記載を総合すると、引用例には、別紙図面(2)第2図(a)、(b)及び第3図(a)、(b)として記載されている発明、すなわち、本件審決認定のとおりの、「強制的に外部からガスを送り込まれた加熱源内に光フアイバプリフオームを任意の速度で挿入し、加熱、溶融された上記プリフオームの一端を引き出してドラムに巻きつけ、ドラムを回転させて光フアイバを線引する方法」(以下「先行発明」という。なお、引用例に右先行発明の記載があることは、原告の認めるところである。)と、より均一な線径フアイバーを得ること等を目的として、先行発明に導入ガスをあらかじめ高温に加熱するという工程を付加した特許請求の範囲に記載された発明(以下「引用例の発明」という。)の2種類の発明が記載されていることが認められるところ、右2つの発明を対比すると、両者は、その構成において、加熱源内(炉芯管3)に送り込むガスの加熱工程の有無という点で相違するが、その余の構成は、送り込むガスの種類を含めてすべて同一であるものと認められる。原告は、本件審決は、本願発明と引用例記載の発明との間に存する送り込むガスを加熱するか否かという構成上の相違点を看過した旨主張するところ、本願発明のガスが「加熱されないガス」であるとしても、前認定のとおり、引用例には、導入ガスを加熱しない方法が先行発明として開示されており、本件審決が、先行発明をもつて「引用例記載の発明」と認定していることは、前示本件審決理由の要点に照らし明らかであるから、先行発明、すなわち「引用例記載の発明」と本願発明との間に、送り込むガスを加熱するか否かの点について構成上の相違点があるものということはできず、原告の右主張は、採用することができない。ところで、前掲甲第3号証によれば、引用例の発明の明細書の発明の詳細な説明の項の引用例の発明の実施例についての説明文中には、「第6図・・・に示すように、13から送り込まれたガス(酸化性ガス、不活性ガス、など)を・・・ガス加熱装置18に送り込み、ここでガスを所定の温度に加熱した後、ガス導入部10に送り込み」(同号証第3頁第8欄第12行ないし第18行)、「第7図は本発明の光フアイバ線引方法によつて得た光フアイバの線径変動特性(線径制御なしの特性)である。これは、13から送り込むガスにN2を用い」(同頁第9欄第11行ないし第14行)、「第4図はO2、N2空気の温度と動粘性係数との関係を示したグラフ」(同号証第4頁第12欄第10行ないし第11行)との記載があることが認められ、これらの記載に前認定の先行発明と引用例の発明において用いられるガスの種類が同一であることを総合すれば、先行発明において使用される「ガス」には、「不活性ガス」が含まれるものと認められるところ、右の「不活性ガス」が具体的にいかなる不活性ガスを指すかということについては、引用例の発明の明細書の発明の詳細な説明の項に格別記載するところがない。しかし、ヘリウムが不活性ガスの一種であることは原告の認めるところであり、前掲甲第3号証によれば、引用例の発明の明細書の発明の詳細な説明の項に記載の不活性ガスから特にヘリウムを除外することを示唆する記載を認めることもできないから、先行発明において用いられる不活性ガスには、ヘリウムも含まれ、しかもその割合は限定されていないものと認めるべきであり、この認定を覆すに足りる証拠はない。原告は、引用例記載の発明で用いられるガスは、熱容量の大きいものでなければならないが、ヘリウムは熱容量が小さいので右目的には適しておらず、したがつて、引用例にいう不活性ガスにはヘリウムは含まれないから、本件審決の引用例記載のガスにはヘリウムが含まれる旨の認定判断は、誤りである旨主張するが、右主張は引用例記載の発明を引用例の発明であるとの認識のもとに加熱源内に送り込むガスをあらかじめ加熱することを前提とした主張であるところ、前説示のとおり本件審決が引用したのは、引用例の発明ではなく、ガスを加熱する工程のない先行発明であるから、原告の右主張は、その前提を欠き、採るを得ないのみならず、先行発明においては、送り込むガスの量を同一とする限り、熱容量の大きいガスを用いた場合には、熱容量の小さいガスを用いた場合と比べてそれだけ奪う熱の量が多くなることは明らかであり、熱容量の大きいガスは、原告の主張とは逆に、前認定の先行発明の目的にむしろ適しないガスということができるから、この点からみても、原告の右主張は、採用することができない。

叙上認定した事実に基づき、本願発明と先行発明とを対比すると、本願発明の「フイラメント」、「マツフル」、「引き抜き素材」は、先行発明の「光フアイバ」、「加熱源内」(炉芯管3)、「プリフオーム」に相当するものであり、また、前示本願発明の要旨中「第1および第2の端部を有する円筒状マツフル内に細長い引き抜き素材を配置し、前記マツフルの前記第1の端部を封止し、前記引き抜き素材の一端をしてそれの材料の引き抜き温度に到達せしめるのに十分な温度に前記マツフルを加熱し、前記マツフルの前記第1の端部からガスを流入せしめながら前記引き抜き素材の前記一端からフイラメントを引抜いて、該フイラメントを前記マツフルの前記第2の端部から導出し、かつ前記ガスを、前記引き抜き素材の外周表面、前記引き抜き素材の溶融部分の外周表面および前記フイラメントの外周表面に沿つて順次流動せしるめるようになされた細長い引き抜き素材から熱塑性材料のフイラメントを引き抜く方法」という構成は、先行発明の構成、すなわち、本件審決認定の「強制的に外部からガスを送り込まれた加熱源内に、光フアイバープリフオームを任意の速度で挿入し、加熱、溶融された上記プリフオームの一端を引き出してドラムに巻きつけ、ドラムを回転させて光フアイバーを線引する方法」という構成を更に具体的に言い換えたものにすぎず、更に、本願発明においては、その特許請求の範囲1に、ヘリウムを含有するガスについて、「少なくとも33パーセントのヘリウムを含有するガス」との文言記載があるが、ガス中のヘリウム含有割合についてその上限を限定する文言はなく、また、その明細書(前掲甲第2号証、第5号証及び第6号証)中発明の詳細な説明の項の記載によるもこれを限定して解すべき根拠はないから、本願発明は、流入ガスに33パーセントから100パーセントまでのヘリウムを用いる場合を包含するものと解されるところ、先行発明において、加熱源内(炉芯管3)に導入されるヘリウムが右の範囲である場合には、本願発明と重複することは明らかであり、プリフオームが10センチメートル以下の寸法となつても、右の範囲のヘリウムを用いたガスで光フアイバの線引をすることになるのであるから、この場合、両者の構成に相違するところはなく、したがつてまた、同一の作用効果を奏するものというべきである。

そうであるとすれば、本願発明は、先行発明(引用例記載の発明)と同一とみるのを相当とするから、本件審決の認定判断は、正当というべきである。

(結語)

3 以上のとおりであるから、その主張の点に判断を誤つた違法があることを理由に本件審決の取消しを求める原告の本訴請求は、理由がないものというほかない。よつて、これを棄却することとし、訴訟費用の負担等について行政事件訴訟法第7条並びに民事訴訟法第89条及び第158条第2項の規定を適用して、主文のとおり判決する。

(武居二郎 清永利亮 川島貴志郎)

<以下省略>

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